神の居るのを見るとはっと顔いろを変へました。けれども戻るわけにも行かず少しふるへながら樺の木の前に進んで来ました。
「樺の木さん、お早う、そちらに居られるのは土神ですね。」狐は赤革の靴《くつ》をはき茶いろのレーンコートを着てまだ夏帽子をかぶりながら斯《か》う云ひました。
「わしは土神だ。いゝ天気だ。な。」土神はほんたうに明るい心持で斯う言ひました。狐は嫉《ねた》ましさに顔を青くしながら樺の木に言ひました。
「お客さまのお出《い》での所にあがって失礼いたしました。これはこの間お約束した本です。それから望遠鏡はいつかはれた晩にお目にかけます。さよなら。」
「まあ、ありがたうございます。」と樺の木が言ってゐるうちに狐はもう土神に挨拶もしないでさっさと戻りはじめました。樺の木はさっと青くなってまた小さくぷりぷり顫《ふる》ひました。
土神はしばらくの間たゞぼんやりと狐《きつね》を見送って立ってゐましたがふと狐の赤革の靴《くつ》のキラッと草に光るのにびっくりして我に返ったと思ひましたら俄《には》かに頭がぐらっとしました。狐がいかにも意地をはったやうに肩をいからせてぐんぐん向ふへ歩いてゐるのです。
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