方へ歩いて行きました。
 樺の木は遠くからそれを見てゐました。
 そしてやっぱり心配さうにぶるぶるふるへて待ちました。
 土神は進んで行って気軽に挨拶《あいさつ》しました。
「樺の木さん。お早う。実にいゝ天気だな。」
「お早うございます。いゝお天気でございます。」
「天道《てんたう》といふものはありがたいもんだ。春は赤く夏は白く秋は黄いろく、秋が黄いろになると葡萄《ぶだう》は紫になる。実にありがたいもんだ。」
「全くでございます。」
「わしはな、今日は大へんに気ぶんがいゝんだ。今年の夏から実にいろいろつらい目にあったのだがやっと今朝からにはかに心持ちが軽くなった。」
 樺の木は返事しようとしましたがなぜかそれが非常に重苦しいことのやうに思はれて返事しかねました。
「わしはいまなら誰《たれ》のためにでも命をやる。みみずが死ななけぁならんならそれにもわしはかはってやっていゝのだ。」土神は遠くの青いそらを見て云ひました。その眼も黒く立派でした。
 樺の木は又何とか返事しようとしましたがやっぱり何か大へん重苦しくてわづか吐息をつくばかりでした。
 そのときです。狐がやって来たのです。
 狐は土
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