その影はまっ黒に草に落ち草も恐《おそ》れて顫《ふる》えたのです。
「狐の如《ごと》きは実に世の害悪だ。ただ一言もまことはなく卑怯《ひきょう》で臆病《おくびょう》でそれに非常に妬《ねた》み深いのだ。うぬ、畜生《ちくしょう》の分際《ぶんざい》として。」
 樺の木はやっと気をとり直して云いました。
「もうあなたの方のお祭も近づきましたね。」
 土神は少し顔色を和《やわら》げました。
「そうじゃ。今日は五月三日、あと六日だ。」
 土神はしばらく考えていましたが俄かに又声を暴《あら》らげました。
「しかしながら人間どもは不届《ふとどき》だ。近頃《ちかごろ》はわしの祭にも供物《くもつ》一つ持って来ん、おのれ、今度わしの領分に最初に足を入れたものはきっと泥《どろ》の底に引き擦《ず》り込《こ》んでやろう。」土神はまたきりきり歯噛みしました。
 樺の木は折角《せっかく》なだめようと思って云ったことが又もや却《かえ》ってこんなことになったのでもうどうしたらいいかわからなくなりただちらちらとその葉を風にゆすっていました。土神は日光を受けてまるで燃えるようになりながら高く腕を組みキリキリ歯噛みをしてその辺をう
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