翔大力は、われを忘れて、十たびその実をおのがあるじの棟《むね》に運び、親子の上より落されたぢゃ。その十たび目は、あまりの飢ゑと身にあまる、その実の重さにまなこもくらみ、五たび土に落ちたれど、たゞ報恩の一念に、ついご自分にはその実を啄《ついば》みなさらなんだ、おもひとゞいてその十番目の実を、無事に親子に届けたとき、あまりの疲れと張りつめた心のゆるみに、ついそのまゝにお倒れなされたぢゃ。されどもややあって正気に復し下の模様を見てあれば、いかにもその子は勢《せい》も増し、たゞいたけなく悦《よろこ》んでゐる如《ごと》くなれども、親はかの実も自らは口にせなんぢゃ、いよいよ餓ゑて倒れるやうす、疾翔大力これを見て、はやこの上はこの身を以て親の餌食《ゑじき》とならんものと、いきなり堅く身をちゞめ、息を殺してはりより床へと落ちなされたのぢゃ。その痛さより、身は砕くるかと思へども、なほも命はあらしゃった。されども慈悲もある人の、生きたと見てはとても食《たう》べはせまいとて、息を殺し眼《め》をつぶってゐられたぢゃ。そしてたうとう願かなってその親子をば養はれたぢゃ。その功徳《くどく》より、疾翔大力様は、つひに
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