人の居ない海岸などへ来て、つくづく夕方歩いていると東京のまちのまん中で鼻の赤い連中などを相手にして、いい加減の法螺《ほら》を吹《ふ》いたことが全く情けなくなっちまう。どうだ、この頁岩《けつがん》の陰気《いんき》なこと。全くいやになっちまうな。おまけに海も暗くなったし、なかなか、流紋玻璃《りゅうもんはり》にも出《で》っ会《く》わさない。それに今夜もやっぱり野宿だ。野宿も二晩ぐらいはいいが、三晩となっちゃうんざりするな。けれども、まあ、仕方もないさ。ビスケットのあるうちは、歩いて野宿して、面白《おもしろ》い夢《ゆめ》でも見る分が得というもんだ。)
例の楢《なら》ノ木大学士が
衣嚢《ポケット》に両手を突っ込んで
少しせ中を高くして
つくづく考え込みながら
もう夕方の鼠《ねずみ》いろの
頁岩の波に洗われる
海岸を大股《おおまた》に歩いていた。
全く海は暗くなり
そのほのじろい波がしらだけ
一列、何かけもののように見えたのだ。
いよいよ今日は歩いても
だめだと学士はあきらめて
ぴたっと岩に立ちどまり
しばらく黒い海面と
向うに浮《うか》ぶ腐《くさ》った馬鈴薯《いも》のような雲を
眺《なが》めてい
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