そんな工合《ぐあい》に参りましょうか。」
「それはもうきっとそう行くね。ただその時に、僕が何かの都合《つごう》のために、たとえばひどく疲《つか》れているとか、狼《おおかみ》に追われているとか、あるいはひどく神経が興奮しているとか、そんなような事情から、ふっとその引力を感じないというようなことはあるかもしれない。しかしとにかく行って来よう。二週間目にはきっと帰るから。」
「それでは何分お願いいたします。これはまことに軽少ですが、当座の旅費のつもりです。」
貝の火兄弟商会の、
鼻の赤いその支配人は、
ねずみ色の状袋《じょうぶくろ》を、
上着の内衣嚢《うちポケット》から出した。
「そうかね。」
大学士は別段気にもとめず、
手を延ばして状袋をさらい、
自分の衣嚢《かくし》に投げこんだ。
「では何分とも、よろしくお願いいたします。」
そして「貝の火兄弟商会」の、
赤鼻の支配人は帰って行った。
次の日諸君のうちの誰《たれ》かは、
きっと上野の停車場《ていしゃば》で、
途方もない長い外套《がいとう》を着、
変な灰色の袋のような背嚢《はいのう》をしょい、
七キログラムもありそうな、
素敵《すてき》な大
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