とにかくあすこに雷竜《らいりゅう》が居て、こっちさへ見ればかけて来る。大学士も魚も同じことだ。見るなよ、見るなよ。僕はいま、ごくこっそりと戻るから。どうかしばらく、こっちを向いちゃいけないよ。」
いまや楢《なら》ノ木大学士は
そろりそろりと後退《あとずさ》りして
来た方へ遁《に》げて戻る。
その眼はじっと雷竜を見
その手はそっと空気を押す。
そして雷竜の太い尾が
まづ見えなくなりその次に
山のやうな胴がかくれ
おしまひ黒い舌を出して
びちょびちょ水を呑《の》んでゐる
蛇《へび》に似たその頭がかくれると
大学士はまづ助かったと
いきなり来た方へ向いた。
その足跡さへずんずんたどって
遁げてさへ行くならもう直きに
汀《なぎさ》に濤《なみ》も打って来るし
空も赤くはなくなるし
足あとももう泥に食ひ込まない
堅い頁岩《けつがん》の上を行く。
崖《がけ》にはゆふべの洞《ほら》もある
そこまで行けばもう大丈夫
こんなあぶない探険などは
今度かぎりでやめてしまひ
博物館へも断はらせて
東京のまちのまん中で
赤い鼻の連中などを
相手に法螺《ほら》を吹いてればいゝ。
大体こんな計算だった。
それもまるき
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