ぐ向ふ側にその骨がある。けれども事によったらすぐ無いかも知れない。すぐなかったらも少し追って行けばいゝ。それだけのことだ。」
大学士はにこにこ笑ひ
立ちどまって巻煙草《まきたばこ》を出し
マッチを擦《す》って煙を吐く。
それからわざと顔をしかめ
ごくおうやうに大股《おほまた》に
岬をまはって行ったのだ。
ところがどうだ名高い楢《なら》ノ木大学士が
釘付《くぎづ》けにされたやうに立ちどまった。
その眼は空しく大きく開き
その膝《ひざ》は堅くなってやがてふるへ出し
煙草もいつか泥に落ちた。
青ぞらの下、向ふの泥の浜の上に
その足跡の持ち主の
途方もない途方もない雷竜《らいりゅう》氏が
いやに細長い頸《くび》をのばし
汀《なぎさ》の水を呑《の》んでゐる。
長さ十間、ざらざらの
鼠《ねずみ》いろの皮の雷竜が
短い太い足をちゞめ
厭《いや》らしい長い頸をのたのたさせ
小さな赤い眼を光らせ
チュウチュウ水を呑んでゐる。
あまりのことに楢ノ木大学士は
頭がしいんとなってしまった。
「一体これはどうしたのだ。中生代に来てしまったのか。中生代がこっちの方へやって来たのか。ああ、どっちでもおんなじことだ。
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