前に立ちました。
アーティストは、つめたい水でシャアシャアと私の頭を洗ひ時々は指で顔も拭《ぬぐ》ひました。
それから、私は、自分で勝手に顔を洗ひました。そして、も一度椅子にこしかけたのです。
その時親方が、
「さあもう一分だぞ。電気のあるうちに大事なところは済ましちまへ。それからアセチレンの仕度はいゝか。」
「すっかり出来てゐます。」小さな白い服の子供が云ひました。
「持って来い。持って来い。あかりが消えてからぢゃ遅いや。」親方が云ひました。
そこでその子供の助手が、アセチレン燈を四つ運び出して、鏡の前にならべ、水を入れて火をつけました。烈《はげ》しく鳴って、アセチレンは燃えはじめたのです。その時です。あちこちの工場の笛は一斉に鳴り、子供らは叫び、教会やお寺の鐘まで鳴り出して、それから電燈がすっと消えたのです。電燈のかはりのアセチレンで、あたりがすっかり青く変りました。
それから私は、鏡に映ってゐる海の中のやうな、青い室《へや》の黒く透明なガラス戸の向ふで、赤い昔の印度《インド》を偲《しの》ばせるやうな火が燃されてゐるのを見ました。一人のアーティストが、そこでしきりに薪《まき
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