おそ》ろしさうに顔をゆがめてゐました。
「どこへさはりましたのですか。」たしかに親方のアーティストらしい麻のモーニングを着た人が、大きなフラスコを手にしてみんなを押し分けて立ってゐました。そのうちに二三人のアーティストたちは、押虫網でその小さな黄色な毒蛾《どくが》をつかまへてしまひました。
「こゝだよ、こゝだよ。早く。」と云ひながら紳士は左の眼の下を指しました。親方のアーティストは、大急ぎで、フラスコの中の水を綿にしめしてその眼の下をこすりました。
「何だいこの薬は。」紳士が叫びました。
「アムモニア二%液」と親方が落ち着いて答へました。
「アムモニアは利かないって、今朝の新聞にあったぢゃないか。」紳士は椅子《いす》から立ちあがって親方に詰め寄りました。この紳士は桃色のシャツでした。
「どの新聞でご覧です。」親方は一層落ちついて答へました。
「イーハトブ日日新聞だ。」
「それは間違ひです。アムモニアの効くことは県の衛生課長も声明してゐます。」
「あてにならんさ。」
「さうですか。とにかく、だいぶ腫《は》れて参ったやうです。」親方のアーティストは、少ししゃくにさはったと見えて、プイッとう
前へ 次へ
全16ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング