(とき、とき、お湯《ゆ》持《も》って来《こ》。)老人は叫《さけ》んだ。家のなかはしんとして誰《だれ》も返事《へんじ》をしなかった。けれども富沢《とみざわ》はその夕暗《ゆうやみ》と沈黙《ちんもく》の奥《おく》で誰かがじっと息《いき》をこらして聴《き》き耳をたてているのを感《かん》じた。
(いまお湯をもって来ますから。)老人はじぶんでとりに行く風だった。(いいえ。さっきの泉《いずみ》で洗《あら》いますから、下駄《げた》をお借《か》りして。)老人は新らしい山桐《やまぎり》の下駄とも一つ縄緒《なわお》の栗《くり》の木下駄を気の毒《どく》そうに一つもって来た。
(どうもこんな下駄で。)(いいえもう結構《けっこう》で。)
二人はわらじを解《と》いてそれからほこりでいっぱいになった巻脚絆《まきぎゃはん》をたたいて巻き俄《にわ》かに痛《いた》む膝《ひざ》をまげるようにして下駄をもって泉に行った。泉はまるで一つの灌漑《かんがい》の水路《すいろ》のように勢《いきおい》よく岩の間から噴《ふ》き出ていた。斉田《さいた》はつくづくかがんでその暗《くら》くなった裂《さ》け目を見て云《い》った。(断層泉《だんそう
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