だ。入口の方がどやどやして実に六人ばかりの黒い影が走り込んで来た。(もう地獄だ、これっきりだ。)署長は思った。今まで番をしてゐた男は立ってそれを迎へた。ぐるっとみんなが署長を囲んだ。
「こいつはトケイの椎蕈《しひたけ》商人ださうです。椎蕈を買はうと思って来たんださうです。」
「うん。さっき組合へうさんなやつが名刺を置いて行ったさうだがこいつだらう。」りんとした声が云った。署長は聞きおぼえのある声だと思って顔をあげたらじっさいぎくりとしてしまった。それは名誉村長だった。しばらくしんとした。
「どうだ。放してやるか。」また一人が云った。署長は横目でそっちを見上げた。あの村会議員なのだ。
「いや、よく調べないといけません。念に念を入れないとあとでとんだことになります。」
 署長はまたちらっとそっちを見た。それはあの講演の時青くなった小学校長だった。すなはちわれらの樽《たる》コ先生ではないか。
「いゝえ、こいつはさっき一ぺん私が番所から追ひ帰したのです。どうもあやしいと思ひましたからとがめましたら椎蕈山はこっちかと云ふんです。こっちぢゃない帰れ帰れって云ひましたらさうですかここらからまはるみち
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