んだ。」
「椎蕈《しひたけ》買ひに来たよ。」
「椎蕈。」
「あゝこゝで椎蕈つくってると思ったから見てゐたんだ。名刺もちゃんと組合の方へ置いてある。」
「正直な椎蕈商が何しに錠前のかかった家の窓からくぐり込むんだ。」
「椎蕈小屋の中へはひったっていゝと思ったんだ。外で待ってゐても厭《あ》きたからついはひって見たんだよ。」
「うん。さう云やさうだなあ。」こゝだと署長は思った。みんなの来ないうちに早く遁《に》げないともうほんたうに殺されてしまふ。もう一生けん命だと考へた。
「おい、いゝ加減にして繩《なは》をといて呉れよ。椎蕈はいくらでも高く買ふからさ。おれだってトケイにぁ妻も子供もあるんだ。こゝらへ来て、こんな目にあっちゃ叶《かな》はねえ。どうか繩をといて呉れよ。」
「うん、まあいまみんな来るから少し待てよ。よく聞いてから社長や重役の方へ申しあげれぁよかったなあ。」
「だからさ、遁《に》がして呉れよ。おれお前にあとでトケイへ帰ったら百円送るからさ。」
「まあ少し待てよ。」あゝもう少し待ったら、どんなことになるかわからない。署長はぐるぐるしてまた倒れさうになった。
 ところがもういけなかったの
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