しました。ちょっとお尋《たず》ねしますが、この上流《じょうりゅう》に水車がありましょうか。)若《わか》いかばんを持《も》って鉄槌《かなづち》をさげた学生だった。(さあ、お前さんどこから来なすった。)嘉吉は少しむかっぱらをたてたように云った。
(仙台《せんだい》の大学のもんですがね。地図にはこの家がなく水車があるんです。)(ははあ。)嘉吉《かきち》は馬鹿《ばか》にしたように云《い》った。青年はすっかり照《て》れてしまった。
(まあ地図をお見せなさい。お掛《か》けなさい。)嘉吉は自分も前|小林区《しょうりんく》に居《い》たので地図は明るかった。学生は地図を渡《わた》しながら云われた通りしきいに腰掛《こしか》けてしまった。おみちはすぐ台所《だいどころ》の方へ立って行って手早く餅《もち》や海藻《かいそう》とささげを煮《に》た膳《ぜん》をこしらえて来て、
(おあが※[#小書き平仮名ん、134−7]な※[#小書き平仮名ん、134−7]え)と云った。
(こいつあ水車じゃありませんや。前じきそこにあったんですが掛手《かけて》金山の精錬所《せいれんじょ》でさ。)(ああ、金鉱《きんこう》を搗《つ》くあいつですね。)(ええ、そう、そう、水車って云えば水車でさあ。ただ粟《あわ》や稗《ひえ》を搗くんでない金を搗くだけで。)(そしてお家はまだ建《た》たなかったんですね、いやお食事《しょくじ》のところをお邪魔《じゃま》しました。ありがとうございました。)
 学生は立とうとした。嘉吉はおみちの前でもう少してきぱき話をつづけたかったし、学生がすこしもこっちを悪《わる》く受《う》けないのが気に入ってあわてて云った。(まあ、ひとつおつき合いなさい。ここらは今日|盆《ぼん》の十六日でこうして遊《あそ》んでいるんです。かかあもせっ角《かく》拵《こさ》えたのお客《きゃく》さんに食べていただかなぃと恥《はじ》かきますから。)(おあがんな※[#小書き平仮名ん、134−16]え。)おみちも低《ひく》く云った。
 学生はしばらく立っていたが決心《けっしん》したように腰《こし》をおろした。(そいじゃ頂《いただ》きますよ。)(はっは、なあに、こごらのご馳走《ちそう》てばこったなもんでは。そうするどあなだは大学では何のほうで。)(地質《ちしつ》です。もうからない仕事《しごと》で。)餅《もち》を噛《か》み切って呑《の》み下し
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