いたので木のことではいちばん明るかった。そして冬|撰鉱《せんこう》へ来ていたこの村の娘《むすめ》のおみちと出来てからとうとうその一本|調子《ちょうし》で親たちを納得《なっとく》させておみちを貰《もら》ってしまった。親たちは鉱山から少し離《はな》れてはいたけれどもじぶんの栗《くり》の畑《はたけ》もわずかの山林もくっついているいまのところに小屋をたててやった。そしておみちはそのわずかの畑に玉蜀黍《とうもろこし》や枝豆《えだまめ》やささげも植《う》えたけれども大抵《たいてい》は嘉吉を出してやってから実家《じっか》へ手伝《てつだ》いに行った。そうしてまだ子供《こども》がなく三年|経《た》った。
嘉吉は小屋へ入った。
(お前さま今夜ほうのきさ仏《ほとけ》さん拝《おが》みさ行ぐべ。)おみちが膳《ぜん》の上に豆《まめ》の餅《もち》の皿《さら》を置《お》きながら云《い》った。(うん、うな行っただがら今年ぁいいだなぃがべが。)嘉吉が云った。
(そだら踊《おど》りさでも出はるますか。)俄《にわ》かにぱっと顔をほてらせながらおみちは云った。(ふん見さ行ぐべさ。)嘉吉はすこしわらって云った。膳ができた。いくつもの峠《とうげ》を越《こ》えて海藻《かいそう》の〔数文字空白〕を着《き》せた馬に運《はこ》ばれて来たてんぐさも四角に切られて朧《おぼ》ろにひかった。嘉吉《かきち》は子供《こども》のように箸《はし》をとりはじめた。
ふと表《おもて》の河岸《かわぎし》でカーンカーンと岩を叩《たた》く音がした。二人はぎょっとして聞き耳をたてた。
音はなくなった。(今頃《いまごろ》探鉱《たんこう》など来るはずあなぃな。)嘉吉は豆の餅《もち》を口に入れた。音がこちこちまた起《おこ》った。
(この餅|拵《こさ》えるのは仙台領《せんだいりょう》ばかりだもな。)嘉吉はもうそっちを考えるのをやめて話しかけた。(はあ。)おみちはけれども気の無《な》さそうに返事《へんじ》してまだおもての音を気にしていた。
(今日《こんにち》はちょっとお訪《たず》ねいたしますが。)門口で若《わか》い水々しい声が云《い》った。(はあい。)嘉吉は用があったからこっちへ廻《まわ》れといった風で口をもぐもぐしながら云った。けれどもその眼《め》はじっとおみちを見ていた。
(あっ、こっちですか。今日は。ご飯中《はんちゅう》をどうも失敬《しっけい》
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