。私も行く。
 雲が白くて光ってゐる。早池峰《はやちね》の西どなりの群青《ぐんじゃう》の山の稜《りょう》が一つ澱《よど》んだ白雲に浮き出した。薬師岳だ。雲のために知らなかった薬師岳の稜を見るのだ。
 今日も鳥が啼《な》いてゐる。お城の方へ行かうか。おしろには前の日曜のさみしさがまだ浸《し》み込んで残ってゐるからだめだ。さうして見るともっと東の遠くの方まで出かけよう。
 製板所も見えます。向ふから工夫がひとりやって来る。ちゃうど私にぶっつかるばかりだ。私は線路をあるいてゐます。一寸《ちょっと》でも挨拶《あいさつ》しよう。けれどもそれもをかしい。たゞ私はみちを避けよう。さうだ。この人は何とも思ってゐないのだ。ずゐぶんみんな歩くのだからすっかりなれてしまってゐるのだ。それから瀬川の鉄橋のたもとから髪の長いせいの低い太った人が出て来ます。黒沢のやうにも見える。黒沢にしては何だか顔が厳しいやうだ。やっぱりさうだ。
「今日何処まで。」
「はあ、すぐそごまで、お通しやてくなんせや。」
「はあ、いゝえ、向ふ側さすか。」
「はあ。」
 鉄橋のこっち岸の石垣《いしがき》を積み直すのだ。今日はずゐぶん人が来
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