それでもどこかその光に青い油の疲れたやうなものがありましたし、又、時々、冷たい風が紐《ひも》のやうにどこからか流れては来ましたが、まだ仲々暑いのでした。牛が度々立ち止まるので、達二は少し苛々《いらいら》しました。
「上さ行って好い草食へ。早ぐ歩げっ。しっ。馬鹿《ばか》だな。しっ。」
 けれども牛は、美しい草を見る度に、頭を下げて、舌をべらりと廻して喰べました。
(牛の肉の中で一番上等が此《こ》の舌だといふのは可笑《をか》しい。涎《よだ》れで粘々《ねばねば》してる。おまけに黒い斑々《ぶちぶち》がある。歩け。こら。)
「歩げ。しっ。歩げ。」
 空に少しばかりの、白い雲が出ました。そして、もう大分のぼってゐました。谷の部落がずっと下に見え、達二の家の木小屋の屋根が白く光ってゐます。
 路が林の中に入り、達二はあの奇麗な泉まで来ました。まっ白の石灰岩から、ごぼごぼ冷たい水を噴き出すあの泉です。達二は汗を拭《ふ》いて、しゃがんで何べんも水を掬《すく》ってのみました。
 牛は泉を飲まないで、却《かへ》って苔《こけ》の中のたまり水を、ピチャピチャ嘗《な》めました。
 達二が牛と、又あるきはじめたとき
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