、泉が何かを知らせる様に、ぐうっと鳴り、牛も低くうなりました。
「雨になるがも知れなぃな。」と達二は空を見て呟《つぶや》きました。
林の裾《すそ》の灌木《くわんぼく》の間を行ったり、岩片《いはかけ》の小さく崩れる所を何べんも通ったりして、達二はもう原の入口に近くなりました。
光ったり陰ったり、幾重にも畳む丘丘の向ふに、北上の野原が夢のやうに碧《あを》くまばゆく湛《たた》へてゐます。河が、春日《かすが》大明神の帯のやうに、きらきら銀色に輝いて流れました。
そして達二は、牛と、原の入口に着きました。大きな楢《なら》の木の下に、兄さんの繩《なは》で編んだ袋が投げ出され、沢山の草たばがあちこちにころがってゐました。
二匹の馬は、達二を見て、鼻をぷるぷる鳴らしました。
「兄《あい》な[#「な」は小書き]。居るが。兄な[#「な」は小書き]。来たぞ。」達二は汗を拭《ぬぐ》ひながら叫びました。
「おゝい。あゝい。其処《そこ》に居ろ。今行ぐぞ。」
ずうっと向ふの窪《くぼ》みで、達二の兄さんの声がしました。牛は沢山の草を見ても、格別|嬉《うれ》しさうにもしませんでした。
陽《ひ》がぱっと明るく
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