の眼《め》は達二を怖《おそ》れて、横の方を向いてゐました。達二は叫びました。
「あ、居だが。馬鹿だな。奴《うな》は。さ、歩《あ》べ。」
 雷と風の音との中から、微《かす》かに兄さんの声が聞えました。
「おゝい。達二。居るが。達二。達二。」
 達二はよろこんでとびあがりました。
「おゝい。居る、居る。兄《あい》なぁ。おゝい。」
 達二は、牛の手綱をその首から解いて、引きはじめました。
 黒い路が又ひょっくり草の中にあらはれました。そして達二の兄さんが、とつぜん、眼の前に立ちました。達二はしがみ付きました。
「探《さが》したぞ。こんたな処《どご》まで来て。何《な》して黙って彼処《あそご》に居なぃがった。おぢいさん、うんと心配してるぞ。さ、早く歩《あ》べ。」
「牛ぁ逃げだだも。」
「牛ぁ逃げだ。はあ、さうが。何にびっくりしたたがな。すっかりぬれだな。さあ、俺《おら》のけら着ろ。」
「一向寒ぐなぃ。兄《あい》な[#「な」は小書き]のなは大きくて引き擦《ず》るがらわがん[#「ん」は小書き]なぃ。」
「さうが。よしよし。まづ歩《あ》べ。おぢいさん、火たいで待ってるがらな。」
 緩い傾斜を、二つ程昇
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