押えながら急いで又歩き出しました。
右の方の象の頭のかたちをした灌木《かんぼく》の丘からだらだら下りになった低いところを一寸|越《こ》しますと、又窪地がありました。
木霊はまっすぐに降りて行きました。太陽は今越えて来た丘のきらきらの枯草の向うにかかりそのななめなひかりを受けて早くも一本の桜草が咲いていました。若い木霊はからだをかがめてよく見ました。まことにそれは蛙《かえる》のことばの鴾の火のようにひかってゆらいで見えたからです。桜草はその靭《しな》やかな緑色の軸《じく》をしずかにゆすりながらひとの聞いているのも知らないで斯《こ》うひとりごとを云っていました。
「お日さんは丘の髪毛《かみけ》の向うの方へ沈《しず》んで行ってまたのぼる。
そして沈んでまたのぼる。空はもうすっかり鴾の火になった。
さあ、鴾の火になってしまった。」
若い木霊は胸がまるで裂けるばかりに高く鳴り出しましたのでびっくりして誰《たれ》かに聞かれまいかとあたりを見まわしました。その息は鍛冶場《かじば》のふいごのよう、そしてあんまり熱くて吐いても吐いても吐き切れないのでした。
その時向うの丘の上を一|疋《ぴき》
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