麦のはぜがずうっとかかってその向ふに小さな赤い屋根の家と井戸と柳の木とが明るく日光に照ってゐるのを見ました。
ハーシュはその麦はぜの下に一本の繩が落ちてゐるのを見ました。ハーシュは屈《かが》んで拾はうとしましたら、いきなりうしろから高い女の声がしました。
「何する、持って行くな、ひとのもの。」ハーシュはびっくりしてふり返って見ましたら顔の赤いせいの高い百姓のおかみさんでした。ハーシュはどぎまぎして云ひました。
「車がこはれましてね。あとで何かお礼をしますからどうかゆづってやって下さい。」
「いけない。ひとが一生けん命|綯《な》ったものをだまって持って行く。町の者みんな斯《か》うだ。」
ハーシュはしょげて繩をそこに置いて車の方に戻りました。百姓のおかみさんはあとでまだぶつぶつ云ってゐました。
「あの繩綯ふに一時間かかったんだ。仕方ない。怒るのはもっともだ。」ハーシュは眼《め》をつぶってさう思ひました。
「あゝ、くさび何処《どこ》かに落ちてるな。さがせばいゝんだ。」
ハーシュは車のとこに戻ってそれから又来た方を戻ってくさびをたづねました。
「早くおいでよ。」子供が足を長くして車の上に
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