座りながら云ひました。
くさびはすぐおほばこの中に落ちてゐました。
「あ、あった。何でもない。」ハーシュはくさびを車輪にはめようとしました。
「まだはめない方がいゝよ。すぐ川があるから。」子供が云ひました。
ハーシュは笑ひながらくさびをはめて油で黒くなった手を草になすりました。
「さあ行きますよ。」
車がまた動きました。ところが子供の云ったやうにすぐ小さな川があったのです。二本の松木が橋になってゐました。
ははあ、この子供がくさびをはめない方がいゝと云ったのは車輪が下で寄さってこの橋を通れるといふのだな、ハーシュはひとりで考へて笑ひました。
水は二寸ぐらゐしかありませんでしたからハーシュは車を引いて川をわたりました。砂利ががりがり云ひ子供はいよいよ一生けん命にしがみ附いてゐました。
そして松林のはづれに小さなテレピン油の工場が見えて来ました。松やにの匂《にほひ》がしぃんとして青い煙はあがり日光はさんさんと降ってゐました。その戸口にハーシュは車をとめて叫びました。
「兵営からテレピン油を取りに来ました。」
技師長兼職工が笑って顔を出しました。
「済みません。いまお届けしよう
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