鹿《しか》も環《わ》のまんなかの方《はう》に気《き》がとられてゐるやうでした。その証拠《しようこ》には、頭《あたま》も耳《みゝ》も眼《め》もみんなそつちへ向《む》いて、おまけにたびたび、いかにも引《ひ》つぱられるやうに、よろよろと二足《ふたあし》三足《みあし》、環《わ》からはなれてそつちへ寄《よ》つて行《ゆ》きさうにするのでした。
 もちろん、その環《わ》のまんなかには、さつきの嘉十《かじふ》の栃《とち》の団子《だんご》がひとかけ置《お》いてあつたのでしたが、鹿《しか》どものしきりに気《き》にかけてゐるのは決《けつ》して団子《だんご》ではなくて、そのとなりの草《くさ》の上《うへ》にくの字《じ》になつて落《お》ちてゐる、嘉十《かじふ》の白《しろ》い手拭《てぬぐひ》らしいのでした。嘉十《かじふ》は痛《いた》い足《あし》をそつと手《て》で曲《ま》げて、苔《こけ》の上《うへ》にきちんと座《すは》りました。
 鹿《しか》のめぐりはだんだんゆるやかになり、みんなは交《かは》る交《がは》る、前肢《まへあし》を一本《いつぽん》環《わ》の中《なか》の方《はう》へ出《だ》して、今《いま》にもかけ出《だ》し
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