》つてはせまはり、たびたび太陽《たいやう》の方《はう》にあたまをさげました。それからじぶんのところに戻《もど》るやぴたりととまつてうたひました。
[#ここから1字下げ]
「お日《ひ》さんを
 せながさしよへば、はんの木《ぎ》も
 くだげで光《ひか》る
 鉄《てつ》のかんがみ。」
[#ここで字下げ終わり]
 はあと嘉十《かじふ》もこつちでその立派《りつぱ》な太陽《たいやう》とはんのきを拝《おが》みました。右《みぎ》から三ばん目《め》の鹿《しか》は首《くび》をせはしくあげたり下《さ》げたりしてうたひました。
[#ここから1字下げ]
「お日《ひ》さんは
 はんの木《ぎ》の向《もご》さ、降《お》りでても
 すすぎ、ぎんがぎが
 まぶしまんぶし。」
[#ここで字下げ終わり]
 ほんたうにすすきはみんな、まつ白《しろ》な火《ひ》のやうに燃《も》えたのです。
[#ここから1字下げ]
「ぎんがぎがの
 すすぎの中《なが》さ立《た》ぢあがる
 はんの木《ぎ》のすねの
 長《な》んがい、かげぼうし。」
[#ここで字下げ終わり]
 五|番目《ばんめ》の鹿《しか》がひくく首《くび》を垂《た》れて、もうつぶやくやうにうたひだしてゐました。
[#ここから1字下げ]
「ぎんがぎがの
 すすぎの底《そこ》の日暮《ひぐ》れかだ
 苔《こげ》の野《の》はらを
 蟻《あり》こも行《い》がず。」
[#ここで字下げ終わり]
 このとき鹿《しか》はみな首《くび》を垂《た》れてゐましたが、六|番目《ばんめ》がにはかに首《くび》をりんとあげてうたひました。
[#ここから1字下げ]
「ぎんがぎがの
 すすぎの底《そご》でそつこりと
 咲《さ》ぐうめばぢの
 愛《え》どしおえどし。」
[#ここで字下げ終わり]
 鹿《しか》はそれからみんな、みぢかく笛《ふゑ》のやうに鳴《な》いてはねあがり、はげしくはげしくまはりました。
 北《きた》から冷《つめ》たい風《かぜ》が来《き》て、ひゆうと鳴《な》り、はんの木《き》はほんたうに砕《くだ》けた鉄《てつ》の鏡《かゞみ》のやうにかゞやき、かちんかちんと葉《は》と葉《は》がすれあつて音《おと》をたてたやうにさへおもはれ、すすきの穂《ほ》までが鹿《しか》にまぢつて一しよにぐるぐるめぐつてゐるやうに見《み》えました。
 嘉十《かじふ》はもうまつたくじぶんと鹿《しか》とのちがひを忘《わす》
前へ 次へ
全10ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング