鹿踊りのはじまり
宮澤賢治
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)西《にし》の
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)五六|疋《ぴき》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ごまざい[#「ごまざい」に傍点]の
−−
そのとき西《にし》のぎらぎらのちぢれた雲《くも》のあひだから、夕陽《ゆふひ》は赤《あか》くなゝめに苔《こけ》の野原《のはら》に注《そゝ》ぎ、すすきはみんな白《しろ》い火《ひ》のやうにゆれて光《ひか》りました。わたくしが疲《つか》れてそこに睡《ねむ》りますと、ざあざあ吹《ふ》いてゐた風《かぜ》が、だんだん人《ひと》のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上《きたかみ》の山《やま》の方《はう》や、野原《のはら》に行《おこな》はれてゐた鹿踊《しゝおど》りの、ほんたうの精神《せいしん》を語《かた》りました。
そこらがまだまるつきり、丈《たけ》高《たか》い草《くさ》や黒《くろ》い林《はやし》のままだつたとき、嘉十《かじふ》はおぢいさんたちと北上川《きたかみがは》の東《ひがし》から移《うつ》つてきて、小《ちい》さな畑《はたけ》を開《ひら》いて、粟《あは》や稗《ひえ》をつくつてゐました。
あるとき嘉十《かじふ》は、栗《くり》の木《き》から落《お》ちて、少《すこ》し左《ひだり》の膝《ひざ》を悪《わる》くしました。そんなときみんなはいつでも、西《にし》の山《やま》の中《なか》の湯《ゆ》の湧《わ》くとこへ行《い》つて、小屋《こや》をかけて泊《とま》つて療《なほ》すのでした。
天気《てんき》のいゝ日《ひ》に、嘉十《かじふ》も出《で》かけて行《い》きました。糧《かて》と味噌《みそ》と鍋《なべ》とをしよつて、もう銀《ぎん》いろの穂《ほ》を出《だ》したすすきの野原《のはら》をすこしびつこをひきながら、ゆつくりゆつくり歩《ある》いて行《い》つたのです。
いくつもの小流《こなが》れや石原《いしはら》を越《こ》えて、山脈《さんみやく》のかたちも大《おほ》きくはつきりなり、山《やま》の木《き》も一本《いつぽん》一本《いつぽん》、すぎごけのやうに見《み》わけられるところまで来《き》たときは、太陽《たいやう》はもうよほど西《にし》に外《そ》れて、十本《じつぽん》ばかりの青《あを》いはんのきの木立《こだち》の上《うへ》に、
次へ
全10ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング