少《すこ》し青《あを》ざめてぎらぎら光《ひか》つてかかりました。
嘉十《かじふ》は芝草《しばくさ》の上《うへ》に、せなかの荷物《にもつ》をどつかりおろして、栃《とち》と粟《あわ》とのだんごを出《だ》して喰《た》べはじめました。すすきは幾《いく》むらも幾《いく》むらも、はては野原《のはら》いつぱいのやうに、まつ白《しろ》に光《ひか》つて波《なみ》をたてました。嘉十《かじふ》はだんごをたべながら、すすきの中《なか》から黒《くろ》くまつすぐに立《た》つてゐる、はんのきの幹《みき》をじつにりつぱだとおもひました。
ところがあんまり一生《いつしやう》けん命《めい》あるいたあとは、どうもなんだかお腹《なか》がいつぱいのやうな気《き》がするのです。そこで嘉十《かじふ》も、おしまひに栃《とち》の団子《だんご》をとちの実《み》のくらゐ残《のこ》しました。
「こいづば鹿《しか》さ呉《け》でやべか。それ、鹿《しか》、来《き》て喰《け》」と嘉十《かじふ》はひとりごとのやうに言《い》つて、それをうめばちさうの白《しろ》い花《はな》の下《した》に置《お》きました。それから荷物《にもつ》をまたしよつて、ゆつくりゆつくり歩《ある》きだしました。
ところが少《すこ》し行《い》つたとき、嘉十《かじふ》はさつきのやすんだところに、手拭《てぬぐひ》を忘《わす》れて来《き》たのに気《き》がつきましたので、急《いそ》いでまた引《ひ》つ返《かへ》しました。あのはんのきの黒《くろ》い木立《こだち》がぢき近《ちか》くに見《み》えてゐて、そこまで戻《もど》るぐらゐ、なんの事《こと》でもないやうでした。
けれども嘉十《かじふ》はぴたりとたちどまつてしまひました。
それはたしかに鹿《しか》のけはひがしたのです。
鹿《しか》が少《すくな》くても五六|疋《ぴき》、湿《しめ》つぽいはなづらをずうつと延《の》ばして、しづかに歩《ある》いてゐるらしいのでした。
嘉十《かじふ》はすすきに触《ふ》れないやうに気《き》を付《つ》けながら、爪立《つまだ》てをして、そつと苔《こけ》を踏《ふ》んでそつちの方《はう》へ行《い》きました。
たしかに鹿《しか》はさつきの栃《とち》の団子《だんご》にやつてきたのでした。
「はあ、鹿等《しかだ》あ、すぐに来《き》たもな。」と嘉十《かじふ》は咽喉《のど》の中《なか》で、笑《わら》ひながらつ
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