し》でふんだりしました。嘉十《かじふ》の手拭《てぬぐひ》はかあいさうに泥《どろ》がついてところどころ穴《あな》さへあきました。
 そこで鹿《しか》のめぐりはだんだんゆるやかになりました。
「おう、こんだ団子《だんご》お食《く》ばがりだぢよ。」
「おう、煮《に》だ団子だぢよ。」
「おう、まん円《まる》けぢよ。」
「おう、はんぐはぐ。」
「おう、すつこんすつこ。」
「おう、けつこ。」
 鹿《しか》はそれからみんなばらばらになつて、四方《しはう》から栃《とち》のだんごを囲《かこ》んで集《あつ》まりました。
 そしていちばんはじめに手拭《てぬぐひ》に進《すゝ》んだ鹿《しか》から、一口《ひとくち》づつ団子《だんご》をたべました。六|疋《ぴき》めの鹿《しか》は、やつと豆粒《まめつぶ》のくらゐをたべただけです。
 鹿《しか》はそれからまた環《わ》になつて、ぐるぐるぐるぐるめぐりあるきました。
 嘉十《かじふ》はもうあんまりよく鹿《しか》を見《み》ましたので、じぶんまでが鹿《しか》のやうな気《き》がして、いまにもとび出《だ》さうとしましたが、じぶんの大《おほ》きな手《て》がすぐ眼《め》にはいりましたので、やつぱりだめだとおもひながらまた息《いき》をこらしました。
 太陽《たいやう》はこのとき、ちやうどはんのきの梢《こずゑ》の中《なか》ほどにかかつて、少《すこ》し黄《き》いろにかゞやいて居《を》りました。鹿《しか》のめぐりはまただんだんゆるやかになつて、たがひにせわしくうなづき合《あ》ひ、やがて一|列《れつ》に太陽《たいやう》に向《む》いて、それを拝《おが》むやうにしてまつすぐに立《た》つたのでした。嘉十《かじふ》はもうほんたうに夢《ゆめ》のやうにそれに見《み》とれてゐたのです。
 一ばん右《みぎ》はじにたつた鹿《しか》が細《ほそ》い声《こゑ》でうたひました。
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「はんの木《ぎ》の
 みどりみぢんの葉《は》の向《もご》さ
 ぢやらんぢやららんの
 お日《ひ》さん懸《か》がる。」
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 その水晶《すゐしやう》の笛《ふえ》のやうな声《こゑ》に、嘉十《かじふ》は目《め》をつぶつてふるえあがりました。右《みぎ》から二ばん目《め》の鹿《しか》が、俄《には》かにとびあがつて、それからからだを波《なみ》のやうにうねらせながら、みんなの間《あひだ》を縫《ぬ
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