れて、
「ホウ、やれ、やれい。」と叫《さけ》びながらすすきのかげから飛《と》び出《だ》しました。
 鹿《しか》はおどろいて一度《いちど》に竿《さを》のやうに立《た》ちあがり、それからはやてに吹《ふ》かれた木《き》の葉《は》のやうに、からだを斜《なゝ》めにして逃《に》げ出《だ》しました。銀《ぎん》のすすきの波《なみ》をわけ、かゞやく夕陽《ゆふひ》の流《なが》れをみだしてはるかにはるかに遁《に》げて行《い》き、そのとほつたあとのすすきは静《しづ》かな湖《みづうみ》の水脈《みを》のやうにいつまでもぎらぎら光《ひか》つて居《を》りました。
 そこで嘉十《かじふ》はちよつとにが笑《わら》ひをしながら、泥《どろ》のついて穴《あな》のあいた手拭《てぬぐひ》をひろつてじぶんもまた西《にし》の方《はう》へ歩《ある》きはじめたのです。
 それから、さうさう、苔《こけ》の野原《のはら》の夕陽《ゆふひ》の中《なか》で、わたくしはこのはなしをすきとほつた秋《あき》の風《かぜ》から聞《き》いたのです。



底本:「校本宮澤賢治全集 第十一巻」筑摩書房
   1974(昭和49)年9月15日初版発行
   1976(昭和51)年6月15日初版第2刷発行
※底本で、「鹿踊《しゝおどり》りの」となっていたところは、「鹿踊《しゝおど》りの、」に改めました。
※旧仮名遣いの表記は、混在も含めて底本通りにしました。
入力:OBaKe
校正:渡瀬淳志
2003年4月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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