スやちしゃのようなものが山野に自生するようにならないと産業《さんぎょう》もほんとうではありませんな。」
「へえ。ずいぶんなご卓見《たっけん》です。しかしあなたは紫紺《しこん》のことはよくごぞんじでしょうな。」
みんなはしいんとなりました。これが今夜の眼目《がんもく》だったのです。山男はお酒《さけ》をかぶりと呑《の》んで云《い》いました。
「しこん、しこんと。はてな聞いたようなことだがどうもよくわかりません。やはり知らないのですな。」みんなはがっかりしてしまいました。なんだ、紫紺のことも知らない山男など一向《いっこう》用はないこんなやつに酒を呑《の》ませたりしてつまらないことをした。もうあとはおれたちの懇親会《こんしんかい》だ、と云うつもりでめいめい勝手《かって》にのんで勝手にたべました。ところが山男にはそれが大へんうれしかったようでした。しきりにかぶりかぶりとお酒をのみました。お魚が出ると丸ごとけろりとたべました。野菜《やさい》が出ると手をふところに入れたまま舌《した》だけ出してべろりとなめてしまいます。
そして眼《め》をまっかにして「へろれって、へろれって、けろれって、へろれって。」なんて途方《とほう》もない声で咆《ほ》えはじめました。さあみんなはだんだん気味悪《きみわる》くなりました。おまけに給仕《きゅうじ》がテーブルのはじの方で新らしいお酒の瓶《びん》を抜《ぬ》いたときなどは山男は手を長くながくのばして横《よこ》から取《と》ってしまってラッパ呑みをはじめましたのでぶるぶるふるえ出した人もありました。そこで研究会《けんきゅうかい》の会長さんは元来《がんらい》おさむらいでしたから考えました。(これはどうもいかん。けしからん。こうみだれてしまっては仕方《しかた》がない。一つひきしめてやろう。)くだものの出たのを合図《あいず》に会長さんは立ちあがりました。けれども会長さんももうへろへろ酔《よ》っていたのです。
「ええ一寸《ちょっと》一言ご挨拶《あいさつ》申《もう》しあげます。今晩《こんばん》はお客様《きゃくさま》にはよくおいで下さいました。どうかおゆるりとおくつろぎ下さい。さて現今《げんこん》世界《せかい》の大勢《たいせい》を見るに実《じつ》にどうもこんらんしている。ひとのものを横合《よこあい》からとるようなことが多い。実にふんがいにたえない。まだ世界は野蛮《やば
前へ
次へ
全7ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング