ん》からぬけない。けしからん。くそっ。ちょっ。」
会長さんはまっかになってどなりました。みんなはびっくりしてぱくぱく会長さんの袖《そで》を引っぱって無理《むり》に座《すわ》らせました。
すると山男は面倒臭《めんどうくさ》そうにふところから手を出して立ちあがりました。「ええ一寸《ちょっと》一言ご挨拶を申し上げます。今晩《こんばん》はあついおもてなしにあずかりまして千万《せんばん》かたじけなく思います。どういうわけでこんなおもてなしにあずかるのか先刻《せんこく》からしきりに考えているのです。やはりどうもその先頃《さきごろ》おたずねにあずかった紫紺《しこん》についてのようであります。そうしてみると私も本気で考え出さなければなりません。そう思って一生懸命《いっしょうけんめい》思い出しました。ところが私は子供《こども》のとき母が乳《ちち》がなくて濁《にご》り酒《ざけ》で育《そだ》ててもらったためにひどいアルコール中毒《ちゅうどく》なのであります。お酒を呑《の》まないと物《もの》を忘《わす》れるので丁度《ちょうど》みなさまの反対《はんたい》であります。そのためについビールも一本|失礼《しつれい》いたしました。そしてそのお蔭《かげ》でやっとおもいだしました。あれは現今《げんこん》西根山《にしねやま》にはたくさんございます。私のおやじなどはしじゅうあれを掘《ほ》って町へ来て売ってお酒《さけ》にかえたというはなしであります。おやじがどうもちかごろ紫紺《しこん》も買う人はなし困《こま》ったと云《い》ってこぼしているのも聞いたことがあります。それからあれを染《そ》めるには何でも黒いしめった土をつかうというはなしもぼんやりおぼえています。紫紺についてわたくしの知っているのはこれだけであります。それで何かのご参考《さんこう》になればまことにしあわせです。さて考えてみますとありがたいはなしでございます。私のおやじは紫紺の根を掘って来てお酒ととりかえましたが私は紫紺のはなしを一寸《ちょっと》すればこんなに酔《よ》うくらいまでお酒が呑《の》めるのです。
そらこんなに酔うくらいです。」
山男は赤くなった顔を一つ右手でしごいて席《せき》へ座《すわ》りました。
みんなはざわざわしました。工芸《こうげい》学校の先生は「黒いしめった土を使《つか》うこと」と手帳《てちょう》へ書いてポケットにしまいま
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