」と云いました。みんなは山男があんまり紳士風《しんしふう》で立派《りっぱ》なのですっかり愕《おど》ろいてしまいました。ただひとりその中に町はずれの本屋《ほんや》の主人《しゅじん》が居《い》ましたが山男の無暗《むやみ》にしか爪《つめ》らしいのを見て思わずにやりとしました。それは昨日《きのう》の夕方顔のまっかな蓑《みの》を着《き》た大きな男が来て「知って置《お》くべき日常《にちじょう》の作法《さほう》。」という本を買って行ったのでしたが山男がその男にそっくりだったのです。
とにかくみんなは山男をすぐ食堂《しょくどう》に案内《あんない》しました。そして一緒《いっしょ》にこしかけました。山男が腰《こし》かけた時|椅子《いす》はがりがりっと鳴りました。山男は腰かけるとこんどは黄金色《きんいろ》の目玉を据《す》えてじっとパンや塩《しお》やバターを見つめ〔以下原稿一枚?なし〕
どうしてかと云《い》うともし山男が洋行《ようこう》したとするとやっぱり船に乗《の》らなければならない、山男が船に乗って上海《シャンハイ》に寄《よ》ったりするのはあんまりおかしいと会長さんは考えたのでした。
さてだんだん食事《しょくじ》が進《すす》んではなしもはずみました。
「いやじっさいあの辺《へん》はひどい処《ところ》だよ。どうも六百からの棄権《きけん》ですからな。」
なんて云っている人もあり一方ではそろそろ大切な用談《ようだん》がはじまりかけました。
「ええと、失礼《しつれい》ですが山男さん、あなたはおいくつでいらっしゃいますか。」
「二十九です。」
「お若《わか》いですな。やはり一年は三百六十五日ですか。」
「一年は三百六十五日のときも三百六十六日のときもあります。」
「あなたはふだんどんなものをおあがりになりますか。」
「さよう。栗《くり》の実《み》やわらびや野菜《やさい》です。」
「野菜はあなたがおつくりになるのですか。」
「お日さまがおつくりになるのです。」
「どんなものですか。」
「さよう。みず、ほうな、しどけ、うど、そのほか、しめじ、きんたけなどです。」
「今年はうどの出来がどうですか。」
「なかなかいいようですが、少しかおりが不足《ふそく》ですな。」
「雨の関係《かんけい》でしょうかな。」
「そうです。しかしどうしてもアスパラガスには叶《かな》いませんな。」
「へえ」
「アスパラガ
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