ツの農夫はすこしわらってそれを見送ってゐましたが、ふと思ひ出したやうに右手をあげて自分の腕時計を見ました。そして不思議さうに、
「今度は合ってゐるな。」とつぶやきました。
三、午后零時五十分
午《ひる》の食事が済んでから、みんなは農夫室の火を囲んでしばらくやすんで居ました。炭火はチラチラ青い焔《ほのほ》を出し、窓ガラスからはうるんだ白い雲が、額もかっと痛いやうなまっ青なそらをあてなく流れて行くのが見えました。
「お前、郷里《くに》はどこだ。」農夫長は石炭函《せきたんばこ》にこしかけて両手を火にあぶりながら今朝来た赤シャツにたづねました。
「福島です。」
「前はどこに居たね。」
「六原《ろくはら》に居《を》りました。」
「どうして向ふをやめたんだい。」
「一ペん郷国《くに》へ帰りましてね、あすこも陰気でいやだから今度はこっちへ来たんです。」
「さうかい。六原に居たんぢゃ馬は使へるだらうな。」
「使へます。」
「いつまでこっちに居る積りだい。」
「ずっと居ますよ。」
「さうか。」農夫長はだまってしまひました。
一人の農夫が兵隊の古外套《ふるぐゎいたう》をぬぎながら入って
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