来ました。
「場長は帰ってゐるかい。」
「まだ帰らないよ。」
「さうか。」
時計ががちっと鳴りました。あの蒼白《あをじろ》いつるつるの瀬戸でできてゐるらしい立派な盤面《ダイアル》の時計です。
「さあぢき一時だ、みんな仕事に行って呉れ。」農夫長が云ひました。
赤シャツの農夫はまたこっそりと自分の腕時計を見ました。
たしかに腕時計は一時五分前なのにその大きな時計は一時二十分前でした。農夫長はぢき一時だと云ひ、時計もたしかにがちっと鳴り、それに針は二十分前、今朝は進んでさっきは合ひ、今度は十五分おくれてゐる、赤シャツはぼんやりダイアルを見てゐました。
俄《には》かに誰《たれ》かがクスクス笑ひました。みんなは続いてどっと笑ひました。すっかり今朝の通りです。赤シャツの農夫はきまり悪さうに、急いで戸をあけて脱穀小屋の方へ行きました。あとではまだみんなの気のよささうな笑ひ声にまじって、
「あいつは仲々気取ってるな。」
「時計ばかり苦にしてるよ。」といふやうな声が聞えました。
四、
日暮れからすっかり雪になりました。
外ではちらちらちらちら雪が降ってゐます。
農夫室には電
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