その時林のへりの藪《やぶ》がカサカサ云ひました。獅子がむっと口を閉ぢてまた云ひました。
「誰《たれ》だ。そこに居るのは。こゝへ出て来い。」
 藪の中はしんとしてしまひました。
 獅子はしばらく鼻をひくひくさせて又云ひました。
「狸《たぬき》、狸。こら。かくれてもだめだぞ。出ろ。陰険なやつだ。」
 狸が藪からこそこそ這《は》ひ出して黙って獅子の前に立ちました。
「こら狸。お前は立ち聴きをしてゐたな。」
 狸は目をこすって答へました。
「さうかな。」
 そこで獅子は怒ってしまひました。
「さうかなだって。ずるめ、貴様はいつでもさうだ。はりつけにするぞ。はりつけにしてしまふぞ。」
 狸はやはり目をこすりながら
「さうかな。」と云ってゐます。狐はきょろきょろその顔を盗み見ました。獅子も少し呆れて云ひました。
「殺されてもいゝのか。呑気《のんき》なやつだ。お前は今立ち聴きしてゐたらう。」
「いゝや、おらは寝てゐた。」
「寝てゐたって。最初から寝てゐたのか。」
「寝てゐた。そして俄《にはか》に耳もとでガアッと云ふ声がするからびっくりして眼を醒《さ》ましたのだ。」
「あゝさうか。よく判《わか》った
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