かにマラソンの方でございます。」
 獅子は叫びました。
「それは偽《うそ》だ。それに第一おまへらにマラソンなどは要らん。そんなことをしてゐるからいつまでも立派にならんのだ。いま何を仕事にしてゐる。」
「百姓でございます。それからマラソンの方と両方でございます。」
「偽だ。百姓なら何を作ってゐる。」
「粟《あは》と稗《ひゑ》、粟と稗でございます。それから大豆《まめ》でございます。それからキャべヂでございます。」
「お前は粟を食べるのか。」
「それはたべません」
「何にするのだ。」
「鶏にやります。」
「鶏が粟をほしいと云ふのか。」
「それはよくさう申します。」
「偽だ。お前は偽ばっかり云ってゐる。おれの方にはあちこちからたくさん訴が来てゐる。今日はお前のせなかの毛をみんなむしらせるからさう思へ。」
 狐《きつね》はすっかりしょげて首を垂れてしまひました。
「これで改心しなければこの次は一ぺんに引き裂いてしまふぞ。ガアッ。」
 獅子《しし》は大きく口を開いて一つどなりました。
 狐はすっかりきもがつぶれてしまってたゞ呆《あき》れたやうに獅子の咽喉《のど》の鈴の桃いろに光るのを見てゐます。
 その時林のへりの藪《やぶ》がカサカサ云ひました。獅子がむっと口を閉ぢてまた云ひました。
「誰《たれ》だ。そこに居るのは。こゝへ出て来い。」
 藪の中はしんとしてしまひました。
 獅子はしばらく鼻をひくひくさせて又云ひました。
「狸《たぬき》、狸。こら。かくれてもだめだぞ。出ろ。陰険なやつだ。」
 狸が藪からこそこそ這《は》ひ出して黙って獅子の前に立ちました。
「こら狸。お前は立ち聴きをしてゐたな。」
 狸は目をこすって答へました。
「さうかな。」
 そこで獅子は怒ってしまひました。
「さうかなだって。ずるめ、貴様はいつでもさうだ。はりつけにするぞ。はりつけにしてしまふぞ。」
 狸はやはり目をこすりながら
「さうかな。」と云ってゐます。狐はきょろきょろその顔を盗み見ました。獅子も少し呆れて云ひました。
「殺されてもいゝのか。呑気《のんき》なやつだ。お前は今立ち聴きしてゐたらう。」
「いゝや、おらは寝てゐた。」
「寝てゐたって。最初から寝てゐたのか。」
「寝てゐた。そして俄《にはか》に耳もとでガアッと云ふ声がするからびっくりして眼を醒《さ》ましたのだ。」
「あゝさうか。よく判《わか》った
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