ジヨバンニはどうしても氣持がなほりませんでしたから、ただぶつきら棒に野原を見たまま、
「さうだらう。」と答へました。
 そのとき汽車はだんだんしづかになつて、いくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ、小さな停車場にとまりました。
 その正面の青じろい時計はかつきり第二時を示し、その振子は、風もなくなり汽車もうごかずしづかなしづかな野原のなかに、カチツカチツと正しく時を刻んで行くのでした。
 そしてまつたくその振子の音の間から遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律が糸のやうに流れて來るのでした。「新世界交響樂だわ。」向うの席の姉がひとりごとのやうにこつちを見ながらそつと言ひました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高い青年も誰れもみんなやさしい夢を見てゐるのでした。
(こんなしづかないいところで僕はどうしてもつと愉快になれないだらう。どうしてこんなにひとりさびしいのだらう。けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい。僕といつしよに汽車に乘つてゐながら、まるであんな女の子とばかり話してゐるんだもの。僕はほんたうにつらい。)
 ジヨバンニはまた兩手で顏を半分かくすやうにして、向うの窓のそ
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