年はとりなすやうに云ひました。
向うの青い森の中の三角標はすつかり汽車の正面に來ました。そのとき汽車のずうつとうしろの方から、あの聞きなれた三〇六番の讚美歌のふしが聞えてきました。よほどの人數で合唱してゐるらしいのでした。
青年はさつと顏いろが青ざめ、たつて一ぺんそつちへ行きさうにしましたが思ひかへしてまた坐りました。
かほるはハンケチを顏にあててしまひました。
ジヨバンニまで何だか鼻が變になりました。けれどもいつともなく誰ともなくその歌は歌ひ出され、だんだんはつきり強くなりました。思はずジヨバンニもカムパネルラも一緒にうたひ出したのです。
そして青い橄欖の森が、見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行つてしまひ、そこから流れて來るあやしい樂器の音も、もう汽車のひびきや風の音にすり耗らされてずうつとかすかになりました。
「あ、孔雀が居るよ。あ、孔雀が居るよ。」
「あの森|琴《ライラ》の宿でせう。あたしきつとあの森の中には、むかしの大きなオーケストラの人たちが集まつていらつしやると思ふわ。まはりには青い孔雀やなんかたくさんゐると思ふわ。」女の子が答へまし
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