ませんから、みんなそのひとそのひとによつてちがつた、わづかのいいかをりになつて毛あなからちらけてしまふのです。」
 にはかに男の子がぱつちり眼をあいて云ひました。
「ああぼく、いまお母さんの夢をみてゐたよ。お母さんがね、立派な戸棚や本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらつたよ。ぼく、おつかさん、りんごをひろつてきてあげませうか。と云つたら眼がさめちやつた。ああここ、さつきの汽車のなかだねえ。」
「その苹果がそこにあります。このをぢさんにいただいたのですよ。」青年が云ひました。
「ありがたうをぢさん。おや、かほるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやらう。ねえさん。ごらん、りんごをもらつたよ。おきてごらん。」
 姉はわらつて眼をさまし、まぶしさうに兩手を眼にあてて、それから苹果を見ました。
 男の子はまるでパイを喰べるやうに、もうそれを喰べてゐました。また折角剥いたそのきれいな皮も、くるくるコルク拔きのやうな形になつて床へ落ちるまでの間には、すうつと灰いろに光つて蒸發してしまふのでした。
 二人はりんごを大切にポケツトにしまひました。
「いまどの邊あるいてるの
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