「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」
 青年は一つとつてジヨバンニたちの方をちよつと見ました。
「さあ、向うの坊ちやんがた。いかがですか。おとり下さい。」
 ジヨバンニは坊ちやんと云はれたので、すこししやくにさはつてだまつてゐましたが、カムパネルラは「ありがたう。」と云ひました。
 すると青年は自分でとつて一つづつ二人に送つてよこしましたので、ジヨバンニも立つてありがたうと云ひました。
 燈臺看守はやつと兩腕があいたので、こんどは自分で一つづつ睡つてゐる姉弟の膝にそつと置きました。
「どうもありがたう。どこでできるのですか、こんな立派な苹果は。」青年はつくづく見ながら云ひました。
「この邊ではもちろん農業はいたしますけれども、大ていひとりでにいいものができるやうな約束になつて居ります。
 農業だつてそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子さへ播けばひとりでにどんどんできます。米だつてパシフイツク邊のやうに殼もないし、十倍も大きくて匂もいいのです。
 けれどもあなたがたのこれからいらつしやる方なら、農業はもうありません。苹果だつてお菓子だつてかすが少しもあり
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