ぐつたり席によりかかつて睡つてゐました。さつきのあのはだしだつた足にはいつか白い柔らかな靴をはいてゐたのです。
ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光の川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈のやうでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い點々をうつた測量旗も見え、野原のはてはそれがいちめん、たくさんたくさん集つてぼうつと青白い霧のやう、そこからか、またはもつと向うからか、ときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のやうなものが、かはるがはるきれいな桔梗いろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとほつた綺麗な風は、ばらの匂でいつぱいでした。
「いかがですか。かういふ苹果はおはじめてでせう。」
向うの席の燈臺看守が、いつか黄金と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないやうに、兩手で膝の上にかかえてゐました。
「おや、どつから來たのですか。立派ですね。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんたうにびつくりしたらしく、燈臺看守の兩手にかかえられた一もりの苹果を、眼を細くしたり首をまげたりしながら、われを忘れてながめてゐました。
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