、またその神にそむく罪はわたくしひとりでしよつてぜひとも助けてあげようと思ひました。
けれども、どうしても見てゐるとそれができないのでした。
子どもらばかりボートの中へはなしてやつて、お母さんが狂氣のやうにキスを送り、お父さんがかなしいのをぢつとこらへてまつすぐに立つてゐるなど、とてももう腸もちぎれるやうでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私たちはかたまつて、もうすつかり覺悟して、この人たち二人を抱いて、浮べるだけは浮ばうと船の沈むのを待つてゐました。
誰が投げたかライフヴイが一つ飛んで來ました。けれども滑つてずうつと向うへ行つてしまひました。
私は一生けん命で甲板の格子になつたところをはなして、三人それにしつかりとりつきました。どこからともなく讚美歌の聲があがりました。たちまちみんなはいろいろな國語で一ぺんにそれを歌ひました。
そのとき俄かに大きな音がして私たちは水に落ち、もう渦に入つたと思ひながらしつかりこの人たちをだいてそれからぼうつとしたと思つたらもうここへ來てゐたのです。
この方たちのお母さんは一昨年歿くなられました。ええ、ボートはきつと助かつたにちがひ
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