船が沈みましてね。わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前、一足さきに本國へお歸りになつたので、あとから發つたのです。私は大學へはいつてゐて、家庭教師にやとはれてゐたのです。ところがちやうど十二日目、今日か昨日のあたりです。船が氷山にぶつつかつて一ぺんに傾き、もう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧が非常に深かつたのです。ところがボートは左舷の方半分はもうだめになつてゐましたから、とてもみんなは乘り切れないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となつて、どうか小さな人たちを乘せて下さいと叫びました。近くの人たちはすぐみちを開いて、そして子供たちのために祈つて呉れました。けれどもそこからボートまでのところには、まだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押しのける勇氣がなかつたのです。
それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思ひましたから、前にゐる子供らを押しのけようとしました。けれどもまた、そんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方が、ほんたうにこの方たちの幸福だとも思ひました。
それから
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