。お前のお父さんはみんなのためには命《いのち》も惜《お》しくなかったのだ。ほかの人たちはどうだ。ブランダ。言ってごらん。」
 ブランダと呼《よ》ばれた子はすばやくきちんとなって答えました。
「人が歩くことよりも言うことよりももっとしないでいられないのはいいことです。」
 アラムハラドが云《い》いました。
「そうだ。私がそう言おうと思っていた。すべて人は善《よ》いこと、正しいことをこのむ。善《ぜん》と正義《せいぎ》とのためならば命を棄《す》てる人も多い。おまえたちはいままでにそう云う人たちの話を沢山《たくさん》きいて来た。決《けっ》してこれを忘《わす》れてはいけない。人の正義を愛《あい》することは丁度《ちょうど》鳥のうたわないでいられないと同じだ。セララバアド。お前は何か言いたいように見える。云《い》ってごらん。」
 小さなセララバアドは少しびっくりしたようでしたがすぐ落《お》ちついて答えました。
「人はほんとうのいいことが何だかを考えないでいられないと思います。」
 アラムハラドはちょっと眼《め》をつぶりました。眼をつぶったくらやみの中ではそこら中ぼうっと燐《りん》の火のように青く見え、ずうっと遠くが大へん青くて明るくてそこに黄金の葉《は》をもった立派《りっぱ》な樹《き》がぞろっとならんでさんさんさんと梢《こずえ》を鳴らしているように思ったのです。アラムハラドは眼をひらきました。子供《こども》らがじっとアラムハラドを見上げていました。アラムハラドは言いました。
「うん。そうだ。人はまことを求《もと》める。真理《しんり》を求める。ほんとうの道を求めるのだ。人が道を求めないでいられないことはちょうど鳥の飛《と》ばないでいられないとおんなじだ。おまえたちはよくおぼえなければいけない。人は善《ぜん》を愛《あい》し道を求めないでいられない。それが人の性質《せいしつ》だ。これをおまえたちは堅《かた》くおぼえてあとでも決《けっ》して忘《わす》れてはいけない。おまえたちはみなこれから人生という非常《ひじょう》なけわしいみちをあるかなければならない。たとえばそれは葱嶺《パミール》の氷《こおり》や辛度《しんど》の流《なが》れや流沙《るさ》の火やでいっぱいなようなものだ。そのどこを通るときも決して今の二つを忘れてはいけない。それはおまえたちをまもる。それはいつもおまえたちを教える。決して
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