子のタルラが少し顔を赤くして口をまげてわらいました。
アラムハラドはすばやくそれを見て言いました。
「タルラ、答えてごらん。」
タルラは礼《れい》をしてそれから少し工合《ぐあい》わるそうに横《よこ》の方を見ながら答えました。
「人は歩いたり物《もの》を言ったりいたします。」
アラムハラドがわらいました。
「よろしい。よくお前は答えた。全《まった》く人はあるかないでいられない。病気《びょうき》で永《なが》く床《とこ》の上に居《い》る人はどんなに歩きたいだろう。ああ、ただも一度《いちど》二本の足でぴんぴん歩いてあの楽地《らくち》の中の泉《いずみ》まで行きあの冷《つめ》たい水を両手《りょうて》で掬《すく》って呑《の》むことができたらそのまま死《し》んでもかまわないと斯《こ》う思うだろう。またお前の答えたように人は物を言わないでいられない。
考えたことをみんな言わないでいることは大へんにつらいことなのだ。そのため病気にさえもなるのだ。人がともだちをほしいのは自分の考えたどんなことでもかくさず話しまたかくさずに聴《き》きたいからだ。だまっているということは本統《ほんとう》につらいことなのだ。
たしかに人は歩かないでいられない、また物を言わないでいられない。けれども人にはそれよりももっと大切なものがないだろうか。足や舌《した》とも取《と》りかえるほどもっと大切なものがないだろうか。むずかしいけれども考えてごらん。」
アラムハラドが斯う言う間タルラは顔をまっ赤《か》にしていましたがおしまいは少し青ざめました。アラムハラドがすぐ言いました。
「タルラ、も一度答えてごらん。お前はどんなものとでもお前の足をとりかえないか。お前はどんなものとでもお前の足をとりかえるのはいやなのか。」
タルラがまるで小さな獅子《しし》のように答えました。
「私は饑饉《ききん》でみんなが死《し》ぬとき若《も》し私の足が無《な》くなることで饑饉がやむなら足を切っても口惜《くや》しくありません。」
アラムハラドはあぶなく泪《なみだ》をながしそうになりました。
「そうだ。おまえには歩くことよりも物《もの》を言うことよりももっとしないでいられないことがあった。よくそれがわかった。それでこそ私の弟子《でし》なのだ。お前のお父さんは七年前の不作のとき祭壇《さいだん》に上って九日|祷《いの》りつづけられた
前へ
次へ
全8ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング