ながら随《つ》いて参りました。
 須利耶さまは奥《おく》さまとご相談で、何と名前をつけようか、三、四日お考えでございましたが、そのうち、話はもう沙車全体にひろがり、みんなは子供を雁の童子と呼《よ》びましたので、須利耶さまも仕方なくそう呼んでおいででございました。」
 老人はちょっと息《いき》を切《き》りました。私は足もとの小さな苔《こけ》を見ながら、この怪《あや》しい空から落ちて赤い焔につつまれ、かなしく燃えて行く人たちの姿《すがた》を、はっきりと思い浮《うか》べました。老人はしばらく私を見ていましたが、また語りつづけました。
「沙車の春の終りには、野原いちめん楊の花が光って飛びます。遠くの氷《こおり》の山からは、白い何とも云えず瞳《ひとみ》を痛《いた》くするような光が、日光の中を這《は》ってまいります。それから果樹《かじゅ》がちらちらゆすれ、ひばりはそらですきとおった波をたてまする。童子は早くも六つになられました。春のある夕方のこと、須利耶さまは雁から来たお子さまをつれて、町を通って参られました。葡萄《ぶどう》いろの重《おも》い雲の下を、影法師《かげぼうし》の蝙蝠《こうもり》がひらひ
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