ところがカン蛙は一言も物を云はずに、すっすっとそこらを歩いてゐたばかりです。
「あら、あたしもうきめたわ。」
「誰《たれ》にさ?」二疋は眼をぱちぱちさせました。
 カン蛙はまだすっすっと歩いてゐます。
「あの方だわ。」娘の蛙は左手で顔をかくして右手の指をひろげてカン蛙を指しました。
「おいカン君、お嬢さんがきみにきめたとさ。」
「何をさ?」
 カン蛙《がへる》はけろんとした顔つきをしてこっちを向きました。
「お嬢さんがおまへさんを連れて行くとさ。」
 カン蛙は急いでこっちへ来ました。
「お嬢さん今晩は、僕に何か用があるんですか。なるほど、さうですか。よろしい。承知しました。それで日はいつにしませう。式の日は。」
「八月二日がいゝわ。」
「それがいゝです。」カン蛙はすまして空を向きました。
 そこでは雲の峯がいままたペネタ型になって流れてゐます。
「そんならあたしうちへ帰ってみんなにさう云ふわ。」
「えゝ、」
「さよなら」
「さよならね。」
 ベン蛙とブン蛙はぶりぶり怒って、いきなりくるりとうしろを向いて帰ってしまひました。しゃくにさはったまぎれに、あの林の下の堰《せき》を、たゞ二足にち
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