る街道《かいどう》が通っている。少し大きな谷には小さな家が二、三十も建《た》っていてそこの浜には五、六そうの舟《ふね》もある。
さっきから見えていた白い燈台《とうだい》はすぐそこだ。ぼくは船が横《よこ》を通る間にだまってすっかり見てやろう。絵が上手《じょうず》だといいんだけれども僕《ぼく》は絵は描《か》けないから覚《おぼ》えて行ってみんな話すのだ。風は寒《さむ》いけれどもいい天気だ。僕は少しも船に酔《よ》わない。ほかにも誰《だれ》も酔ったものはない。

      *

いるかの群《むれ》が船の横を通っている。いちばんはじめに見附《みつ》けたのは僕だ。ちょっと向うを見たら何か黒いものが波《なみ》から抜《ぬ》け出て小さな弧《こ》を描《えが》いてまた波へはいったのでどうしたのかと思ってみていたらまたすぐ近くにも出た。それからあっちにもこっちにも出た。そこでぼくはみんなに知らせた。何だか手を気を付《つ》けの姿勢《しせい》で水を出たり入ったりしているようで滑稽《こっけい》だ。
先生も何だかわからなかったようだが漁師《りょうし》の頭《かしら》らしい洋服《ようふく》を着《き》た肥《ふと》った人がああいるかですと云《い》った。あんまりみんな甲板《かんぱん》のこっち側《がわ》へばかり来たものだから少し船が傾《かたむ》いた。
風が出てきた。
何だか波が高くなってきた。
東も西も海だ。向うにもう北海道が見える。何だか工合《ぐあい》がわるくなってきた。

      *

いま汽車は函館《はこだて》を発《た》って小樽《おたる》へ向《むか》って走っている。窓《まど》の外はまっくらだ。もう十一時だ。函館の公園はたったいま見て来たばかりだけれどもまるで夢《ゆめ》のようだ。
巨《おお》きな桜《さくら》へみんな百ぐらいずつの電燈《でんとう》がついていた。それに赤や青の灯《ひ》や池にはかきつばたの形した電燈《でんとう》の仕掛《しか》けものそれに港《みなと》の船の灯や電車の火花じつにうつくしかった。けれどもぼくは昨夜《さくや》からよく寝《ね》ないのでつかれた。書かないでおいたってあんなうつくしい景色《けしき》は忘《わす》れない。それからひるは過燐酸《かりんさん》の工場と五稜郭《ごりょうかく》。過燐酸|石灰《せっかい》、硫酸《りゅうさん》もつくる。
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五月廿日

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