[#ここで字下げ終わり]


一九二五、五、一八、
[#ここから1字下げ]
汽車は闇《やみ》のなかをどんどん北へ走って行く。盛岡《もりおか》の上のそらがまだぼうっと明るく濁《にご》って見える。黒い藪《やぶ》だの松林《まつばやし》だのぐんぐん窓《まど》を通って行く。北上《きたかみ》山地の上のへりが時々かすかに見える。
さあいよいよぼくらも岩手県《いわてけん》をはなれるのだ。
うちではみんなもう寝《ね》ただろう。祖母さんはぼくにお守《まも》りを借《か》してくれた。さよなら、北上山地、北上川、岩手県の夜の風、今武田先生が廻《まわ》ってみんなの席《せき》の工合《ぐあい》や何かを見て行った。
[#ここで字下げ終わり]


一九二六[#「六」に「(ママ)」の注記]、五、一九、〔以下空白〕


五月十九日

[#ここから1字下げ]
      *

いま汽車は青森県の海岸《かいがん》を走っている。海は針《はり》をたくさん並《なら》べたように光っているし木のいっぱい生《は》えた三角な島もある。いま見ているこの白い海が太平洋《たいへいよう》なのだ。その向《むこ》うにアメリカがほんとうにあるのだ。ぼくは何だか変《へん》な気がする。
海が岬《みさき》で見えなくなった。松林《まつばやし》だ。また見える。次《つぎ》は浅虫《あさむし》だ。石を載《の》せた屋根《やね》も見える。何て愉快《ゆかい》だろう。

      *

青森の町は盛岡《もりおか》ぐらいだった。停車場《ていしゃじょう》の前にはバナナだの苹果《りんご》だの売る人がたくさんいた。待合室《まちあいしつ》は大きくてたくさんの人が顔を洗《あら》ったり物《もの》を食べたりしている。待合室で白い服《ふく》を着《き》た車掌《しゃしょう》みたいな人が蕎麦《そば》も売っているのはおかしい。

      *

船はいま黒い煙《けむり》を青森の方へ長くひいて下北半島《しもきたはんとう》と津軽《つがる》半島の間を通って海峡《かいきょう》へ出るところだ。みんなは校歌をうたっている。けむりの影《かげ》は波《なみ》にうつって黒い鏡《かがみ》のようだ。津軽半島の方はまるで学校にある広重《ひろしげ》の絵のようだ。山の谷がみんな海まで来ているのだ。そして海岸《かいがん》にわずかの砂浜《すなはま》があってそこには巨《おお》きな黒松《くろまつ》の並木《なみき》のあ
前へ 次へ
全16ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング