た。楊子のときと同じだ。折角のその阿麻仁も、どうもうまく咽喉《のど》を通らなかった。これらはみんな畜産の、その教師の語気について、豚が直覚したのである。(とにかくあいつら二人は、おれにたべものはよこすが、時々まるで北極の、空のような眼をして、おれのからだをじっと見る、実に何ともたまらない、とりつきばもないようなきびしいこころで、おれのことを考えている、そのことは恐《こわ》い、ああ、恐い。)豚は心に思いながら、もうたまらなくなり前の柵《さく》を、むちゃくちゃに鼻で突《つ》っ突いた。
 ところが、丁度その豚の、殺される前の月になって、一つの布告がその国の、王から発令されていた。
 それは家畜|撲殺《ぼくさつ》同意調印法といい、誰《たれ》でも、家畜を殺そうというものは、その家畜から死亡|承諾書《しょうだくしょ》を受け取ること、又その承諾証書には家畜の調印を要すると、こう云う布告だったのだ。
 さあそこでその頃《ころ》は、牛でも馬でも、もうみんな、殺される前の日には、主人から無理に強《し》いられて、証文にペタリと印を押《お》したもんだ。ごくとしよりの馬などは、わざわざ蹄鉄《ていてつ》をはずされ
前へ 次へ
全27ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング