としたのもその浮標の重りに使ふ心組からだったのです。おまけにあの瀬の処では、早くにも溺れた人もあり、下流の救助区域でさへ、今年になってから二人も救ったといふのです。いくら昨日までよく泳げる人でも、今日のからだ加減では、いつ水の中で動けないやうになるかわからないといふのです。何気なく笑って、その人と談《はな》してはゐましたが、私はひとりで烈《はげ》しく烈しく私の軽率を責めました。実は私はその日までもし溺《おぼ》れる生徒ができたら、こっちはとても助けることもできないし、たゞ飛び込んで行って一緒に溺れてやらう、死ぬことの向ふ側まで一緒について行ってやらうと思ってゐただけでした。全く私たちにはそのイギリス海岸の夏の一刻がそんなにまで楽しかったのです。そして私は、それが悪いことだとは決して思ひませんでした。
 さてその人と私らは別れましたけれども、今度はもう要心して、あの十間ばかりの湾の中でしか泳ぎませんでした。
 その時、海岸のいちばん北のはじまで溯《さかのぼ》って行った一人が、まっすぐに私たちの方へ走って戻って来ました。
「先生、岩に何かの足痕《あしあと》あらんす。」
 私はすぐ壺穴《つぼあ
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